1. なぜ Vierbein を作るのか 動機
ディラック方程式は、平坦な時空 (Minkowski) のもとで
γ行列とスピノル ψ を使って書かれます。
γ行列はもともと、Minkowski 計量 ηa^b^ に対して
{γa^,γb^}=2ηa^b^
という関係(反交換関係)で定義されている、いわば
「フラットな世界の住人」。
ところが、曲がった時空には全体としての Minkowski 計量はありません。
場所ごとに違う計量 gμν(x) があるだけ。
この上に γ行列・スピノルをそのまま「置く」ことができないのが、
最初のハードルです。
一方で、曲がった時空でも各点だけを見れば、ほぼ平らに見えます。
地球の表面が、十分小さい範囲ではほぼ平面に見えるのと同じイメージ。
だから、各点ごとに「フラットな見方」を 1 つ選んでおく、
という戦略がとれます。
この「各点で選ぶフラットな見方」を数式の形で取り出した道具が
Vierbein(フィアバイン、四脚場、tetrad とも)です。
2. Vierbein の定義 定義
各点 x で、時空の基底ベクトル(時空添字をもつ量)に対して、
4 本のベクトルを選びます。それを成分で表したものを
ea^μ(x) と書きます。
ハット付き添字 a^ が 4 本のベクトルの番号、
ハット無し添字 μ がそのベクトルの時空成分です。
ただ任意のベクトルを 4 本選んでもダメで、次の条件を満たすように選びます。
gμν(x)=ηa^b^ea^μ(x)eb^ν(x)
つまり、「ハット添字どうしを η で潰すと、時空計量
gμν が再現される」ような Vierbein 場
ea^μ(x) を選ぶ ── これが定義です。
語源は独語で vier (四) + bein (足) = 「四脚」。
日本語の四脚場はこの直訳です。
ラテン/英で同義の tetrad(4 つの組)もよく使われます。
n 次元への一般化版 vielbein(viel = 多)も、
文献によっては 4 次元の文脈で用いられます
(本シリーズは 4 次元に限るので、Vierbein で統一)。
3. なぜこの定義? 動機
「g=ηee を満たすように選ぶ」と決めたのは、
一見唐突です。なぜこの形か、3 つの嬉しさで説明できます。
(a) ベクトルが「翻訳」できる
時空ベクトル Vμ に Vierbein を掛けると、
ハット添字を持ったフラット世界の量に変換できます:
Va^=ea^μVμ
逆向きの翻訳には逆 Vierbein ea^μ(後で定義)を使う:
Vμ=ea^μVa^ (b) フラット側に γ・スピノルがそのまま住める
翻訳した先 Va^ は Minkowski の世界の量なので、
そこには γ行列が {γa^,γb^}=2ηa^b^ でそのまま住んでいます。
スピノルも、Lorentz 変換の決まりに従って動く対象として定義できる。
「曲時空にスピノルを置く」が、「翻訳して平坦側で扱う」に化けるわけです。
(c) 翻訳は各点で独立にやれる
ea^μ(x) は x ごとに別の値を取ります。
ある点での翻訳は、隣の点の翻訳と独立に行える。
「局所的に」フラットな見方を選ぶという発想と、数式が一致しています。
逆に言えば、定義式の g=ηee は、
上の (a)(b)(c) を実現するために最小限要請する条件、
ということです。
4. 逆 Vierbein 定義
ea^μ は各点で 4×4 の行列とみなせます
(添字 a^ が行、μ が列)。
この行列の逆行列を ea^μ と書き、
逆 Vierbein と呼びます。
逆行列の定義そのものを成分で書き下すと、次の 2 本が逆 Vierbein の定義式になります:
ea^μea^ν=δμν ea^μeb^μ=δa^b^
1 本目は「カーブド添字を縮約 → δ で潰れる」、
2 本目は「フラット添字を縮約 → δ で潰れる」。
要するに MM−1=I と M−1M=I を成分表示したものです。
表記のクセに注意:逆では添字の上下が入れ替わります。
ハット添字は下、時空添字は上。
これは「逆 Vierbein はフラット側からカーブド側へ翻訳する道具」と覚えると整合的です。
5. 逆計量も Vierbein から出る 派生関係
§2 の定義式 gμν=ηa^b^ea^μeb^ν と、
§4 の逆 Vierbein の関係式とを組み合わせると、
逆計量 gμν もまた Vierbein で書けるという関係が出ます:
gμν=ηa^b^ea^μeb^ν
導出は定義式の両辺に
ec^μed^νηc^e^ηd^f^ を掛けて
§4 の関係式で δ に潰すだけ。
覚え方:形が
g=ηee と g−1=η−1e−1e−1 の対称形。
「足が下なら η、上なら η−1」と思っておけば、暗記不要で書けます。
演習 #1
平坦な Minkowski 時空で、デカルト座標 (t,x,y,z) を取ると計量は gμν=ημν になる。
このとき Vierbein を ea^μ=δa^μ と取ると、定義式
gμν=ηa^b^ea^μeb^ν
がきちんと成り立つことを確かめよう。
▶ 解答を見る 解答
代入するだけ:
ηa^b^δa^μδb^ν=ημν.
δ は添字を「同じ番号」に変えるだけなので、ハット添字の ηa^b^ がそのまま時空添字の ημν になる。
意味:平坦時空では Vierbein は「単位行列」を選べばよい。
カーブド世界とフラット世界が一致しているので、翻訳器は何もしない。
6. 添字 2 種類のまとめ
ここまでで、世界が 2 つあることが見えてきます:
- カーブド世界:時空のグローバルな座標で生きる量。
添字は μ,ν。上げ下げは gμν で。
- フラット世界:各点の局所慣性系で生きる量。
添字は a^,b^。上げ下げは ηa^b^ で。
- Vierbein ea^μ:両方の添字を持つ唯一の量。
「翻訳器」として 2 つの世界を橋渡しする。
原則は単純で、
カーブド添字には g、フラット添字には η。
式を書くときは、添字を見て「ハット付きか? 付いてないか?」で
上げ下げの道具を機械的に選ぶ、と思っておけば迷いません。
演習 #2
次のような対角な計量を考える(球対称な静的時空でよく出てくる形):
ds2=−A(r)dt2+B(r)dr2+r2dθ2+r2sin2θdϕ2
このとき、対角な Vierbein
e0^t=A(r),e1^r=B(r),e2^θ=r,e3^ϕ=rsinθ
(他の成分はすべて 0) が定義式を満たすことを確かめよう。
▶ 解答を見る 解答
定義式の右辺は ∑a^,b^ηa^b^ea^μeb^ν。各 μ について 0 でない項だけ拾えばよい。
- μ=ν=t: η0^0^(e0^t)2=(−1)⋅A=−A ✓
- μ=ν=r: η1^1^(e1^r)2=(+1)⋅B=B ✓
- μ=ν=θ: η2^2^(e2^θ)2=(+1)⋅r2=r2 ✓
- μ=ν=ϕ: η3^3^(e3^ϕ)2=(+1)⋅r2sin2θ ✓
- μ=ν の項は、ハット添字違いの組がないので 0
つまり、計量が対角なら
Vierbein も「対応する成分の平方根」を並べた対角形でよい。
時間成分だけ
η0^0^=−1 なので符号に注意。
7. Vierbein は 1 通りでない 定理
ここで重要な観察があります。同じ計量 gμν を再現する
Vierbein は、1 通りに決まりません。
実際、各点 x で次のように
ハット添字に対する Lorentz 変換 Λa^b^(x) を入れたもの:
e′a^μ(x)=Λa^b^(x)eb^μ(x)
も、もとの ea^μ と同じ計量を再現します。
確かめるには、定義式に代入して、Lorentz 変換が η を保つこと
ηa^b^Λa^c^Λb^d^=ηc^d^
を使うだけ。これがいわゆる
「各点で別々にやれる Lorentz 変換」(局所 Lorentz 変換)です。
全ての点で同じ Λ をかける必要はなく、点ごとに違って構わない。
具体例
2 次元 Minkowski で確かめる
時空を 2 次元の平坦な Minkowski にしてみます。
計量は ημν=diag(−1,+1)、座標は (t,x)。
Vierbein A(まっすぐな選び方):
e0^t=1,e1^x=1,他の成分は 0
これに、ハット添字に対する Lorentz boost(rapidity ξ)を局所 Lorentz 変換として入れます:
Λa^b^(ξ)=(coshξsinhξsinhξcoshξ) Vierbein B(boost 後の e′a^μ=Λa^b^eb^μ):
e′0^te′1^t=coshξ,=sinhξ,e′0^xe′1^x=sinhξ,=coshξ. Vierbein A と B は明らかに別の場です(たとえば ξ=1 なら成分の値が違う)。
それでも、両方とも同じ計量 ημν を再現します。
この事実を演習 #4 で実際に手を動かして確かめてみてください。
ξ は連続パラメータなので、計量を変えずに動ける自由度が
(2 次元では)1 次元あることが見えます。
さらに、ξ は場所 x ごとに違っていて構わない
(ξ(t,x) としてよい)。
これが「各点で別々にやれる」の意味です。
一般の d 次元では、Lorentz 群 SO(1,d−1) の次元
d(d−1)/2 が局所自由度の数。4 次元なら 6 (boost 3 + 回転 3)。
この「選び方の自由度」は、後でスピノルの扱いに効いてきます。
スピノルはこの局所 Lorentz 変換のもとで、ある決まった規則 ψ→S(Λ)ψ で動く対象として定義されるからです。
詳しくは次の記事「スピン接続」「スピノルの共変微分」で扱います。
演習 #3
演習 #2 と同じ計量に対して、逆 Vierbein
e0^t=A(r)1,e1^r=B(r)1,e2^θ=r1,e3^ϕ=rsinθ1
を使って、逆計量の式
gμν=ηa^b^ea^μeb^ν
から gtt,grr,gθθ,gϕϕ を求めよう。
▶ 解答を見る 解答
演習 #2 と同じ要領で対角成分だけ拾う:
- gtt=η0^0^(e0^t)2=(−1)⋅A1=−A1
- grr=η1^1^(e1^r)2=B1
- gθθ=r21
- gϕϕ=r2sin2θ1
これは元の対角計量
gμν の逆行列とちゃんと一致する(
gμρgρν=δμν を確かめてもよい)。
教訓:Vierbein を 1 つ手元に持っていれば、計量・逆計量・添字の翻訳がすべてそこから出てくる。
逆行列を手で計算する必要がなくなる、というのが実用上の大きな利点。
演習 #4
§7 で出てきた Vierbein B(2 次元 Minkowski を boost した形):
e′0^te′1^t=coshξ,=sinhξ,e′0^xe′1^x=sinhξ,=coshξ.
これを Vierbein の定義式
gμν=ηa^b^e′a^μe′b^ν
に入れて、本当に gμν=ημν=diag(−1,+1) になることを、3 成分 (gtt,gxx,gtx) すべて手で確かめよう。
ξ は具体的な数を入れず、文字のまま計算すればよい。
▶ 解答を見る 解答
定義式の右辺を成分に開く:
ηa^b^e′a^μe′b^ν=−e′0^μe′0^ν+e′1^μe′1^ν
(η0^0^=−1, η1^1^=+1, 非対角は 0 を使った)。
gtt:
gtt=−(coshξ)2+(sinhξ)2=−1 ✓
(cosh2ξ−sinh2ξ=1 を使った)
gxx:
gxx=−(sinhξ)2+(coshξ)2=+1 ✓
gtx:
gtx=−coshξsinhξ+sinhξcoshξ=0 ✓
3 成分とも ξ に依存しない結果。つまり ξ を何にしても同じ ημν が出る。
意味:Vierbein A(ξ=0 の場合)と Vierbein B(任意の ξ)は確かに別の場だが、計量を作るところでハット添字が縮約された結果、ξ の自由度は計量に痕跡を残さない。
これが「Vierbein を一意に決めない自由度」=局所 Lorentz 自由度の正体。
おまけ:ξ=ξ(t,x) と場所依存にしても、上の計算は各点で同じことをやっているだけなので、結論は変わらない(微分は登場しない)。
これが「各点で別々にやれる」が本当に各点で独立にできる、ということの数式的な理由。