1. ナブラ ∇ って何?

\nabla (nabla、ナブラ) は微分演算子の「まとめ役」です。 単体で使うというより、関数にかけて初めて意味を持つベクトル形の記号。

ナブラは 3 つの顔を持ちます:

  • 勾配 (gradient): スカラー関数にかける (f\nabla f)
  • 発散 (divergence): ベクトル場と内積をとる (A\nabla \cdot \vec A)
  • 回転 (curl): ベクトル場と外積をとる (×A\nabla \times \vec A) — 別記事

この記事では最初の 2 つ、勾配と発散を扱います。

2. ∇ 単独の正体

\nabla は形式的には、偏微分を成分に持つベクトルのように扱います。

=(x, y, z)\nabla = \left(\frac{\partial}{\partial x},\ \frac{\partial}{\partial y},\ \frac{\partial}{\partial z}\right)

これだけでは値が出ません (微分する「対象」がないので)。 関数にかけて初めて結果が出る、という点が普通のベクトルとは違います。

「微分演算子をベクトルに並べた道具」と思っておけば OK。 ベクトルとして扱える (内積や外積が取れる) のが便利なところ。

3. 勾配 ∇f — スカラーからベクトル

スカラー関数 ff\nabla をかけると、 各方向の偏微分を成分にもつベクトルができます。

f=(fx, fy, fz)\nabla f = \left(\frac{\partial f}{\partial x},\ \frac{\partial f}{\partial y},\ \frac{\partial f}{\partial z}\right)

意味

勾配 f\nabla f は、「その場所で ff最も増える向き」を指すベクトル。 大きさは「どれくらい急速に増えるか」の勾配率。 地形の高さ関数にかければ「最も登る向き」が出る、というイメージ。

例 1: f(x,y)=x2+y2f(x,y) = x^2 + y^2

各変数で偏微分して並べる:

f=(2x, 2y)\nabla f = (2x,\ 2y)

原点から外に向かう向きを指す。離れるほど大きくなる (放物線のボウルの壁を登る方向)。

Gradient of f = x^2 + y^2: radial outward field
∇(x2 + y2) = (2x, 2y)
原点から外へ、放射状

例 2: f(x,y,z)=xyzf(x,y,z) = xyz

f=(yz, xz, xy)\nabla f = (yz,\ xz,\ xy)
Gradient field of f = x^2 - y^2 (saddle)
f = x2 − y2 の勾配場
鞍型 (saddle) パターン
演習 #1

次のスカラー関数の勾配を計算しよう。

f(x,y)=x2y2f(x, y) = x^2 - y^2

解答を見る

各変数で偏微分して成分にする:

  • fx=2x\dfrac{\partial f}{\partial x} = 2x
  • fy=2y\dfrac{\partial f}{\partial y} = -2y
したがって:

f=(2x, 2y)\nabla f = (2x,\ -2y)

ポイント: 勾配はスカラーから作るベクトル。各点でどの方向に最も増えるかを指し示す。

4. 勾配の実例: ポテンシャルから力

物理で「ポテンシャル」VV が出てきたら、 そこから生じる力はポテンシャルの勾配の逆符号で与えられます。

F=V\vec F = -\nabla V

「ポテンシャルが低くなる向きに力がかかる」という直感そのまま。 坂を転がる石は、高さ (= ポテンシャル) が最も減る向きに動きますよね。

例: 地表付近の重力

地表付近の重力ポテンシャルは V(z)=mgzV(z) = mgz。勾配で力を計算すると:

F=(mgz)=mgz^\vec F = -\nabla (mgz) = -mg\,\hat z

下向きに大きさ mgmg。もちろんおなじみの重力の式。 勾配の定義から自動的に出てくるのがポイント。

逆に「ポテンシャルが何で決まるのか」を問うと、 今度はラプラシアン (2V\nabla^2 V) が出てきます。 それは ラプラシアンの記事 で。

5. 発散 ∇·A — ベクトルからスカラー

ベクトル場 A\vec A\nabla内積でかけると、 スカラーが出てきます。これを発散と呼びます。

A=Axx+Ayy+Azz\nabla \cdot \vec{A} = \frac{\partial A_x}{\partial x} + \frac{\partial A_y}{\partial y} + \frac{\partial A_z}{\partial z}

意味

発散 A\nabla \cdot \vec A は、ベクトル場がその点で 湧き出している (正)吸い込まれている (負) かの度合い。 水流の例なら「ここで水が湧いている量 - 吸い込まれる量」。 電場なら「ここにどれだけ電荷が置いてあるか」を表します (Gauss の法則)。

Source: A = (x, y), divergence > 0
∇·A > 0
湧き出し
Sink: A = (-x, -y), divergence < 0
∇·A < 0
吸い込み
Rotation: A = (y, -x), divergence = 0, curl nonzero
∇·A = 0
循環のみ

「循環のみ」のパネルに注目: 回っているだけでは発散は 0。 湧き出しや吸い込みがないと、発散には寄与しません。 そのかわり「回っている度合い」は次に紹介する回転が拾います。

例 1: A=(x, y, z)\vec A = (x,\ y,\ z)

放射状に広がるベクトル場。各点で一様に湧き出ている:

A=1+1+1=3\nabla \cdot \vec A = 1 + 1 + 1 = 3

例 2: A=(y, x, 0)\vec A = (-y,\ x,\ 0)

原点の周りを回るベクトル場 (渦)。湧き出しはない:

A=0+0+0=0\nabla \cdot \vec A = 0 + 0 + 0 = 0

回っているだけで湧き出していないので 0。 この「回っている度合い」は、次の回転 (∇×A) で捉えます。

xy projection of A = (y, -x, z)
A = (y, −x, z) の xy 成分
時計回り回転 / z 成分は別に湧き出し
演習 #2

次のベクトル場の発散を計算しよう。

A(x,y,z)=(y, x, z)\vec A(x,y,z) = (y,\ -x,\ z)

解答を見る

発散の定義に各成分を代入:

  • Axx=yx=0\dfrac{\partial A_x}{\partial x} = \dfrac{\partial y}{\partial x} = 0
  • Ayy=(x)y=0\dfrac{\partial A_y}{\partial y} = \dfrac{\partial (-x)}{\partial y} = 0
  • Azz=zz=1\dfrac{\partial A_z}{\partial z} = \dfrac{\partial z}{\partial z} = 1
合計:

A=0+0+1=1\nabla \cdot \vec A = 0 + 0 + 1 = 1

ポイント: 湧き出しがある (z 方向に一様に広がる)。
一方で xy 成分は回転的な流れ (渦) で、発散には寄与しない。
渦成分は ∇×A (回転) のほうで捉えられる — これは別記事で。

6. 回転 ∇×A — ベクトルからベクトル

ナブラの 3 つ目の顔が回転 (curl)。 ベクトル場 A\vec A\nabla外積でかけて、 結果もベクトルになります。 外積の計算方法自体は 外積の記事 を参照してください。

意味

回転 ×A\nabla \times \vec A は、ベクトル場の「渦の強さと軸の向き」を表します。 物理的には「小さな風車を場に置いたときに、どちらの軸を中心にどれだけ回るか」。

Rotation: A = (y, -x), curl nonzero
∇×A ≠ 0
渦がある
Uniform: A = (1, 0), curl = 0
∇×A = 0
一様な流れ

「渦がある」は回っているので回転あり、 「一様な流れ」は全体が同じ向きに流れているだけで回転なし。

成分で計算する

外積の成分公式をそのまま当てはめると (aia_i の代わりに i\partial_i):

×A=(yAzzAyzAxxAzxAyyAx)\nabla \times \vec A = \begin{pmatrix} \partial_y A_z - \partial_z A_y \\ \partial_z A_x - \partial_x A_z \\ \partial_x A_y - \partial_y A_x \end{pmatrix}

外積記事と同様に、3 × 3 の行列式として覚えると手で計算しやすい:

×A=ijkxyzAxAyAz\nabla \times \vec A = \begin{vmatrix} \vec i & \vec j & \vec k \\ \partial_x & \partial_y & \partial_z \\ A_x & A_y & A_z \end{vmatrix}

電磁気での出番

電磁気のマクスウェル方程式には回転がそのまま 2 つ出てきます。

  • アンペール則: 電流が磁場の渦を作る
    ×B=μ0J\nabla \times \vec B = \mu_0 \vec J
  • ファラデー則: 時間変化する磁場が電場の渦を作る
    ×E=Bt\nabla \times \vec E = -\frac{\partial \vec B}{\partial t}

どちらも「渦 = 回転 (∇×)」が源と結ばれている形。 電流や変動磁場が場の渦の原因であることを数式で言っている。

演習 #3

次のベクトル場の回転 ∇×A を計算しよう。

A(x,y,z)=(y, x, 0)\vec A(x,y,z) = (y,\ -x,\ 0) (xy 平面の純粋な時計回り回転)

解答を見る

成分公式に代入:

  • xx 成分: y(0)z(x)=0\partial_y(0) - \partial_z(-x) = 0
  • yy 成分: z(y)x(0)=0\partial_z(y) - \partial_x(0) = 0
  • zz 成分: x(x)y(y)=11=2\partial_x(-x) - \partial_y(y) = -1 - 1 = -2
×A=(0, 0, 2)\nabla \times \vec A = (0,\ 0,\ -2)

意味: 回転軸は zz 軸、大きさ 2、符号がマイナスなので右ねじの法則で z-z 方向。
つまり上から見ると時計回りの渦。

演習 2 で見たとおり A=0\nabla \cdot \vec A = 0 でもあった。
湧き出しは無いが渦はある — 同じ場を 2 つの演算で測るとこういう対比が見える。