1. 観測者を変えても物理は変わらない 動機

物理の出発点は、「自然法則は観測者の取り方によらない」。 地面に立って観測しても、椅子に座って首を傾けて観測しても、 ニュートンの運動方程式 F=ma\vec F = m\vec a は同じ形で成り立つはず。

ここで「観測者」と「座標系」はほぼ同じ意味で使えます。 座標系を選ぶ ── xx 軸をどっち向きに張るか、原点をどこに置くか ── というのは、要は誰の視点で見るかを決めること。 別の人が別の向きに座標を張ったとしても、自然はその人の都合に合わせて変わったりはしない。

原則: 物理量・物理法則は、座標系(=観測者)の取り方に依存しないべき。

2. でも成分は変わる

「物理は観測者によらない」と言ったものの、実際の数値はガンガン変わります。 観測者 A が見て「右向きに 1m」のベクトルは、 A から 30°傾いた観測者 B から見ると、 x 成分も y 成分も両方ゼロでない値になる。

ベクトル VV を、観測者 A の座標系で書いた成分が Vx,VyV_x, V_y、 B の座標系で書いた成分が Vx,VyV'_x, V'_y としましょう。 B が A から角度 θ\theta 回転していれば、両者の成分は回転行列で結ばれます (「行列をかける = 観測者を変える」が初耳なら、先に 座標変換と行列 をどうぞ):

R(θ)=(cosθsinθsinθcosθ)R(\theta) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}

を使って:

V=RV(VxVy)=R(VxVy)V' = R\,V \quad \Longleftrightarrow \quad \begin{pmatrix} V'_x \\ V'_y \end{pmatrix} = R\,\begin{pmatrix} V_x \\ V_y \end{pmatrix}

矢印そのもの(物理的なベクトル)は同じ。 でも、誰のものさし(座標軸)で測るかで成分は変わる ── これが「観測者による表現の違い」。

演習 #1

観測者 A のフレームで、あるベクトルが V=(1,0)V = (1, 0) という成分を持っている。

このベクトルを、A から 30°回転したフレーム(観測者 B)で見ると、成分はどうなるか計算しよう。

ヒント:回転行列

R(θ)=(cosθsinθsinθcosθ)R(\theta) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}

を使って、V=R(30°)VV' = R(-30°)\,V を計算する(B が "回転後" のフレームなので、A の量を B 視点に直すには逆回転)。

解答を見る

R(30°)=(cos30°sin30°sin30°cos30°)=(32121232)R(-30°) = \begin{pmatrix} \cos 30° & \sin 30° \\ -\sin 30° & \cos 30° \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & \frac{1}{2} \\ -\frac{1}{2} & \frac{\sqrt{3}}{2} \end{pmatrix}

これを V=(1,0)V = (1, 0) にかけると:

V=R(30°)(10)=(3212).V' = R(-30°) \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} \\ -\frac{1}{2} \end{pmatrix}.

つまり、A から見て (1,0)(1, 0) のベクトルは、30°回転した B から見ると (32,12)\bigl(\tfrac{\sqrt{3}}{2}, -\tfrac{1}{2}\bigr)違う成分になる。

物理的解釈:同じ矢印を別の方向から見れば、x 成分・y 成分は当然変わる。でもベクトルそのもの(向きと大きさ)は同じ

3. 共変性 = 揃って変換される 定義

ここがポイントです。観測者によって成分は違うけど、 すべての量が同じ規則で揃って変換されるなら、 それらの組み合わせ(物理の式)は観測者によらず成り立ちます。

たとえば、ベクトル VVWW がともに V=RVV' = RV, W=RWW' = RW と回転されるなら、 内積の値は不変:

(VW)=(RV)(RW)=VRRW=VW=VW(V \cdot W)' = (RV)^{\top}(RW) = V^{\top} R^{\top} R\, W = V^{\top} W = V\cdot W

(回転行列は RR=IR^{\top} R = I を満たす直交行列だから)。 つまり、観測者を変えても内積の数値は同じ。

このように 「決まった規則(回転 / Lorentz 変換 等)で揃って変換される性質」共変性(covariance)と呼びます。 物理量がベクトル・テンソルでできているのは、 観測者の違いを共変性で吸収して同じ法則の形を残すためです。

演習 #2

2 つのベクトル V,WV, W を回転させる:V=RVV' = R\,VW=RWW' = R\,W

このとき、内積 VWV \cdot W変わらない(=不変)ことを、回転行列の性質 RR=IR^{\top} R = I を使って示そう。

解答を見る

内積を行列で書くと VW=VWV \cdot W = V^{\top} W。回転後の内積:

VW=(RV)(RW)=VRRW.V' \cdot W' = (RV)^{\top}(RW) = V^{\top} R^{\top} R\, W.

ここで RR=IR^{\top} R = I(回転行列は直交行列)を使うと:

VRRW=VIW=VW=VW.V^{\top} R^{\top} R\, W = V^{\top}\,I\,W = V^{\top} W = V \cdot W. \quad\checkmark

つまり、観測者を回転で変えても内積の値は同じ。

意味:内積はスカラー量(=数値)として観測者によらない不変量
これが「物理量(エネルギー、距離、長さ ²)が観測者によらない」ということの数式的根拠。

4. なぜ微分で破綻するのか 動機

ここがこの記事の本題。共変性を保ちたいのに、素朴な偏微分が裏切ってくるのが問題です。 理由は単純で、ライプニッツ則を書き下すと一発で見えます。

ベクトル VV が観測者の変換 V=RVV' = R\,V で動くとして、両辺を偏微分:

μV  =  μ(RV)  =  RμV欲しい部分  +  (μR)V余計な項\partial_{\mu}\,V' \;=\; \partial_{\mu}\bigl(R\,V\bigr) \;=\; \underbrace{R\,\partial_{\mu}V}_{\text{欲しい部分}} \;+\; \underbrace{(\partial_{\mu} R)\,V}_{\text{余計な項}}

右辺の最初の項 RμVR\,\partial_{\mu}V は「VV と同じく回転される導関数」── つまり 欲しい挙動。 一方、二つ目の項 (μR)V(\partial_{\mu}R)V余計な項。 これがあると μV\partial_{\mu}V はベクトルとして揃って変換されない、つまり共変的でない

場所によらない変換(全観測者を一斉に回す)なら問題なし

回転 RR が定数(時空のどこでも同じ)なら、μR=0\partial_{\mu}R = 0 なので余計な項は消える:

R=定数    μR=0    μV=RμVR = \text{定数} \;\Longrightarrow\; \partial_{\mu}R = 0 \;\Longrightarrow\; \partial_{\mu}V' = R\,\partial_{\mu}V \quad\checkmark

全宇宙の観測者が一斉に同じ方向に首を傾ける、というイメージ。

場所ごとに違う変換(各点で別の観測者)だと破綻

ところが、観測者の変換が場所(時空の点)ごとに違う場合 ── たとえば 点ごとに違う角度で回転している ── は μR0\partial_{\mu}R \neq 0 となり、 余計な項が消えません:

R=R(x)    μR0    μV=RμV+(μR)V×R = R(x) \;\Longrightarrow\; \partial_{\mu}R \neq 0 \;\Longrightarrow\; \partial_{\mu}V' = R\,\partial_{\mu}V + (\partial_{\mu}R)V \quad\times

身近な例: 回転する座標系(メリーゴーラウンドに乗った人の視点)では、 静止しているはずの物体に「コリオリ力」「遠心力」が見えてしまう。 これは観測者の変換が時間ごとに違う(=局所的)から、ふつうの時間微分 d/dtd/dt に余計な項が出ている、という現象。 物理量の比較がそのままではできない、という形で共変性が破れている例です。

5. 共変微分という解決策 動機

解決の発想はシンプルです。余計な項を打ち消す補正項を、微分自体に組み込む。 そうすれば、補正込みの「微分」が共変的に振る舞ってくれる。

μV  =  μV  +  (補正項)\nabla_{\mu} V \;=\; \partial_{\mu} V \;+\; (\text{補正項})

この補正付きの微分を共変微分と呼びます。 補正項の中身は、何の変換に対して共変性を保ちたいか(座標変換 ・ Lorentz 変換 ・ ゲージ変換 ⋯)で変わります。

  • 座標変換に対する共変性: 補正項は Christoffel 記号 Γμνλ\Gamma^{\lambda}_{\mu\nu}。 一般相対論で出てくる。
  • 局所 Lorentz 変換に対する共変性: 補正項は スピン接続 ωa^b^μ\omega^{\hat a \hat b}{}_{\mu}。 スピノル(電子等)を曲時空に置くときに使う(スピン接続の記事で扱う)。
  • ゲージ変換に対する共変性: 補正項は ゲージ場 AμA_{\mu}。 電磁気・素粒子論の基本。

どれも数式の形は =+補正項\nabla = \partial + \text{補正項} で同じ。 観測者の変換規則に応じて、補正項の正体が変わるだけ。